アジアの鷹

スポーツをまとめています。
野球が多いかもしれません。
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    スポーツ全般を載せています。

    カテゴリ: ロッテ



    (出典 prtimes.jp)



    1 丁稚ですがφ ★ :2020/07/11(土) 17:33:35.87 ID:D89MIJwQ9.net

    西武  0 0 2  0 0 1  0 1 0  4
    ロッテ. 4 1 0  1 0 0  0 0 x  6

    バッテリー
    ロッテ.:種市、ハーマン、石崎、益田 - 柿沼、田村
    西武 :松本、伊藤、森脇、平井 - 森

    本塁打
    西武 :鈴木 1号 (3回表ソロ)
    ロッテ.:菅野 1号 (1回裏2ラン) 、 井上 4号 (1回裏2ラン)

    試合結果:nikkansports.com/yahoo野球
    http://www.nikkansports.com/baseball/professional/score/2020/pl2020071115.html
    https://baseball.yahoo.co.jp/npb/game/2020071104/score

    明日の予告先発:
       ロッテ - 西武
    フローレス    與座海人
    http://npb.jp/announcement/starter/


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    (出典 img.tokyo-sports.co.jp)



    1 ひかり ★ :2020/07/10(金) 13:32:21.53 ID:DnmxgjHv9.net

     *を液体状に加工した「*リキッド」を自宅に所持していたとし、9日にロッテを電撃退団したジャクソンが10日、*取締法違反の疑いで、広島県警に逮捕された。

     誰もが認める親日家だった。16年間から広島で3年間プレーしたジャクソンは、昨年はブルワーズに所属し、28試合に登板した。メジャーでも活躍できる実力を持ちながら、今季は再び日本に戻ってロッテに加入した。

     2月の石垣島キャンプでは、休日ながら報道陣とともに地元のテーマパークを訪問。「日本の文化を楽しもうと思った」と琉球民謡に合わせて踊り、黄色の琉球衣装にも着替えて記念撮影。飼育されていたリスザルとたわむれる表情は満面の笑みだった。

     趣味はスケッチ。陽気で穏やかな性格だった。笑顔がトレードマークだ。広島時代は帽子を少し上げて見せる表情が「ジャクソンスマイル」と呼ばれ、ロッテでは「スマイリージャクソン」がニックネームとなった。6月には「Smiley Jグッズ」としてTシャツ、タオルが球団から発売された。「いつもどんなときもスマイルを大切にしている。このTシャツを来てスマイルで日々を過ごしてほしい」。苦しいときも、笑顔で過ごすことがジャクソンの原動力となっていた。

     その裏で悩みも抱えていた。広島時代に日本人女性をパートナーとし、18年12月には長男が誕生。ところが、昨年から愛息と会えない状況になっていた。仮に親権をめぐり、裁判となれば費用もかかるだろう。前夜には米国のクラウドファンディングサイトで支援を募集したが、すでに閉鎖されてしまった。周囲を幸せにするような陽気な笑顔を見せながらも、不安を消すために*を使用していたとするならば、悲しすぎる。

    スポニチ
    https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2020/07/10/kiji/20200710s00001173212000c.html

    (出典 www.sponichi.co.jp)


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    (出典 thedigestweb.com)



    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/06/23(火) 08:39:31.12 ID:i9mLy/eA9.net

    “令和の怪物”のキャッチボールを目撃し「大谷の1年目よりスゴイ」

     今年、新たにプロ野球の門を叩いたのは、支配下74人、育成33人、合計107人のルーキーたちだ。ドラフトでは12球団のうち7球団が高校生を指名するなど、高卒選手が“豊作”の年となったが、その中でも最も大きな注目を集めているのがロッテの佐々木朗希投手だ。

    大船渡高時代から150キロを超える本格派投手で、ついた渾名は“令和の怪物”。ドラフトでは4球団が競合した逸材を、ロッテは焦らずじっくり育成する方針だが、キャンプではキャッチボールをするだけで周囲から驚嘆の声が止まらず。キャンプを訪問した球団OB、解説者はもちろん、他球団の選手たちをも唸らせた。

     かつてソフトバンクのエース右腕として活躍し、2度の沢村賞、3度の最優秀投手賞などに輝いた斉藤和巳氏もその1人だ。2006年には史上7人目の投手5冠(最多勝、最高防御率、最多奪三振、最高勝率、最多完封)を達成したレジェンドは、2月に石垣島でのキャンプを訪れ、そこで見たキャッチボールに唖然としたという。

    「ブルペンは見られなかったんですけど、キャッチボールは見ました。いやぁ、ちょっとスゴイです。大谷(翔平)の1年目より、ピッチャーとしてはスゴイです」

     思い返すだけでも言葉に熱を帯びるくらい、18歳右腕から受けた衝撃は大きかった。

    「投げるボールはもちろんですけど、投げる姿やフォームも含め全体的に、1年目のキャンプ時の大谷よりいいと思います。大谷が1年目の時、キャンプでブルペンを見て『おぉ速いな』って思いましたけど、佐々木は『速いな』プラス『近いな』って感じました。少し近めの距離でキャッチボールをしていると思っていたら、終わった後で聞いてみるとマウンドからホームまでと同じ、18.44メートルで投げていたんですよ。横から見ていたら、いやいや、めっちゃ近く見えましたね(笑)」

    斉藤氏が感心するバランス感覚「あれだけ足を大きく上げても体がブレない」
     驚きのあまり笑いさえ起きてしまう斉藤氏だが、佐々木のキャッチボールはなぜ距離が近く見えたのか。指を離れたボールが相手のグラブに届く速さなのか、投げるボールが持つキレなのか、はたまた投球フォームなのか。

    「全部ですね。投げる姿もフォームも全部。久々に見ましたね、18.44が近く見える選手は。僕はあまりそう感じることはないんですけど。確かに背も高いですけど、それ以上のものがある。僕は真後ろからではなく、真横からしか見なかったんですが、それだけでも十分衝撃でした」

     となれば、バッターボックスに立って対戦する打者には、佐々木との距離がさらに近く感じられるのではないだろうか。

    「打席に立ったら、かなり近く感じると思います。傍から見ている僕らは楽しみでしかないですけど、監督やコーチの責任は大きいですね。これまでの指導者も大変だったと思いますよ。チームだけの問題じゃない。日本の宝ですから。これは潰さないように、しっかり育てなければ」

     投手を見る時、斉藤氏はまず投げる全体像を見てから、細かな技術的な部分をチェックするという。佐々木の投げ姿の中でも、特に目を引いたのが「バランス感覚」だ。

    「あれだけ足を大きく上げても体がブレない。まだ体が出来ていないと言われながら、あれだけ足を上げても大丈夫なのは、彼の中でのリズムがしっかりあるから。軸がブレない彼なりの強さも持っているんでしょうね。ランニングをしても足が速くしっかり走れるので、周りが思っているほど弱くないと思います。ただ、まだ18歳。まだまだ成長しますね」

    https://news.yahoo.co.jp/articles/a5e1ee03c4b55130c383a7e178bdf3793fe6ab5a
    6/23(火) 8:05配信


    (出典 i.imgur.com)


    【沢村賞2度の斉藤和巳氏も驚嘆「久々に見ましたね」】の続きを読む



    (出典 www.chibanippo.co.jp)



    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/06/22(月) 00:55:17 ID:1KMMR6a59.net

    ロッテ・鳥谷敬内野手(38)が21日のソフトバンク戦(ペイペイドーム)で移籍後、初打席。空振り三振に倒れた。

     六回の守備から途中出場。七回2死に打席を迎えた。サブマリン・高橋礼と相対するも空振り、見逃しで追い込まれ最後は低めの135キロに空振り三振。初安打とはならなかった。

     阪神ではNPB歴代2位の1939試合連続出場や球団最多2085安打など、結果でも姿勢でもチームを引っ張ってきた。昨年8月に球団から引退勧告を受けたが、拒否して現役続行を決断。チームが決まらない中でも練習を続け、今年3月にロッテに入団した。

    https://news.yahoo.co.jp/articles/6a61ebefe824e92c098bbb1143b70a92c2f59c84
    6/21(日) 17:00配信


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    (出典 dot.asahi.com)



    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/06/21(日) 12:32:32 ID:6nr5Idf29.net

    誤解を招くことが多かったのは、自分の弱みを見せないようにしたいという気持ちが強すぎた

    記者が思い出の出来事や人物について語る「プレイバック あの人、あの時」。今回は堤誠人記者(51)が、剛腕投手として1990年代から2000年代にかけてロッテや米大リーグ・ヤンキースなど日米で活躍し、42歳で亡くなった伊良部秀輝さんの素顔を振り返る。野球に対するいちずな思いや、純粋だった内面などを表すエピソードを公開する。

     1996年1月末。当時ロッテの伊良部さんと電話で話していた時に予想もしない質問を受けた。

     「大リーグへ行くためには、やっぱり代理人が必要なんですかねえ」

     まだポスティングシステムはなく、FAで海外へ行くこともできない時代だ。その前年に、野茂英雄が史上2人目の日本人大リーガーとして活躍したばかり。日本球界を飛び出した野茂がドジャースに入団できたのは、代理人の団野村さんの手腕だと言われた。私は「本気かもしれないな」と思った。

     ただ、シーズン中は親しいチームメートにも大リーグに関する話はしなかったようだ。同期入団で、互いに2年生だった86年夏の甲子園で対戦したこともある大村巌・現DeNA2軍打撃コーチは「シーズン終盤になって、米国へ行くのかなと思うようになった」と話していた。

     一般的に、伊良部さんは問題児やトラブルメーカーといったイメージが強かったのかもしれない。しかし、彼の素顔は純粋な野球人だった。

     160キロ近い剛球に頼らず、フォークなどを絡めて緩急を生かした。もちろん、勝利を目指すためだ。親しい選手には「160キロは出せるけど、それだけでは打者を仕留められない」と話したこともあったという。当時はあまり注目されていなかったインナーマッスルなど、体のつくりにも興味を持っていた。

     誤解を招くことが多かったのは、自分の弱みを見せないようにしたいという気持ちが強すぎたせいかもしれない。

     もともと感情の起伏が激しく、93年5月8日のダイエー戦(千葉マリン)で2年ぶりの白星を挙げた時は、感激のあまり涙を流したほど。しかし、先発ローテーションに定着した同年夏以降、マウンドで喜怒哀楽を表すことはほとんどなくなった。これは、90年代に大リーグのツインズなどで活躍したスコット・エリクソンを参考にしたものだ。無表情が売り物だった190センチ、100キロを超える右腕のように威圧感を出そうとする気持ちは、愛車をコルベットから窓にスモークをかけた黒塗りのベンツに変えたことにも表れていた。

     特に、ロッテの主力となった94年以降は親しい人以外への警戒心が強くなったように思う。他人との間に壁をつくるなど対人関係が苦手な人は、純粋な人が多いと心理学では考えられている。人を信じやすい半面、裏切られた時の反動は大きい。大村コーチは「彼は体は大きかったけど子どものようにピュアだった」と同い年の元同僚を評している

    6/21(日) 10:47 Yahoo!ニュース
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200621-00010006-chuspo-base


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